Position: Home » 観光指南 » はじめに » 風光美景 » 虞山尚湖 » Detail

王石谷墓

2012-03-12    admin    Browsed:2265

王石谷の墓は、尚湖北岸程家橋西堍、中山路の下の方に位置し、湖に面している。王石谷(1632—1717)、名は翬で、号は、耕煙散人や清暉主人、烏目山人などがある。王石谷は、虞山画派の創始者であり、康熙皇帝の勅命で、朝廷に入り、『康熙南巡図』を書き、「画聖」という誉れを得られた。後ほど、人々は彼を王時敏、王鑑、王原祁と並べ、「四王」と称し、また、呉歴、惲寿平を加え、その六人を「清初六家」と称していた。王石谷の墓は最初、虞山の北山麓にあり、その後、今のところに移されていた。王石谷の子供の處伯、孫の邦憲もその横に埋葬されている。建国後、何回も修繕を加えていた。今、敷地面積は457平米で、墓の直径は3.1メートルで、高さは1.2メートルである。塀で囲み、拝む台と墓の門も設けている。墓の前と後ろに、それぞれ碑が一つ建ててある。後ろの碑は、乾隆九年に建てられ、その上に、「皇清徵士先祖考妣石谷府君例贈錢氏孺人合葬之兆」という文字が刻まれている。前の碑は、宣統元年に建てられ、その上に、翁同龢が光緒二十六年(1900)に書いた「清画聖王石谷先生墓」と刻まれている。墓道は、20メートルあり、近年、立て直された「清画聖王石谷先生墓道一間衝天式石坊」が一つあり、今は省レベルの文物保護対象である。