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虞山尚湖民間伝説 興福寺白蓮池(穿江洞)

2011-12-06    admin    Browsed:2334

ある日、二つの竜が戦って、黒竜は、山を破って天に飛んでいき、白竜は地下に穴を開けて逃げた。白竜は、揚子江の川底を通って、南通の狼山から飛び出した。白竜が地下に潜ったところは、興福寺と破竜澗の間にある白蓮池である。明代の嘉靖年間、白蓮池に「白竜神祠」が建てられた。一説によると、白蓮池にあるもっとも大きい白蓮は、白竜の鱗から変化したもので、白蓮池のそこに、揚子江を通して、南通の狼山までとどく洞窟があるという。その洞窟は毎年、七月七日の子と丑と二つの時に水がなくて、人々はそれを通って川底に砂金を取ることができる。ただし、洞窟があまりにも小さくて暗くて、時期が過ぎると水没されてしまうから、今まで、砂金を取りに行く人はいなかった。
 ある日、とある常熟の若者は、博打で家財がすられ、必死になって洞窟に入ろうとした。その日の夕方、子の時になると、彼は、藤の篭と七つのろうそくを持って、全身に菜種油を塗り、洞窟に沿って川底にたどり着いた。川底の洞窟の壁に、砂金でキラキラしていた。揚子江は遙かなる彼方から流れてきて、ここになると川幅が広くなり、砂金が沈殿したのである。若者は大喜び、あっという間に藤の篭に砂金をいっぱい入れた。篭は特製したもので、輪がつけてあり、砂金が重たいものの、引っ張って行くことができる。ろうそくが三本消えたところで、若者は篭を押しながら帰ることにした。しかし、一つ難問があった。この狭い洞窟の中、篭の前に行くことができないし、篭に蓋がないので、坂道になると砂金がこぼれてしまう可能性がある。考えに考えて、一つアイデアがあった。狼山の方へ行けば、砂金がこぼれなくてうまくいけるじゃないかと。ところが、しばらく進むと、前から咳払いが聞こえてきた。南通の方からも、だれか砂金取りに来たのではないかと見てみたら、その通り、ある若者が砂金のいっぱい入れた篭を引っ張って、こっちに向いているではないか。そこでトラブルがあった。二人で持って行ける砂金は、一篭しかない。二人は、砂金の配当割合に言い争っていた。五分五分か、それとも四部六部か、なかなか決着がつけなかった。争っている間に、彼らは時間の経つのも気がつかず、六本目のろうそくが燃え尽きようとしたところで、はっと我に返って、出口に向かって逃げようとしたが、時はすでに遅し。二人とも、洞窟の中で水死した。そのうち、洞窟が砂に埋められて、消えてしまったのである。