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虞山と尚湖の民間伝説 夫差が剣門を斬る

2011-12-06    admin    Browsed:1895

『呉越春秋』には、こういう物語がある。呉国には、干将という有名な剣の鍛冶屋があって、呉王闔閭の為に剣を築造しようとした。干将は、五つの山から鉄のもっともいいものを取り寄せ、六合の材料を一つの炉に入れ、天地のもっともいいとき、つまり「陰陽が同光、百神が喜び、天の気が降り、地の気が上昇」するときに、炉に火をつけて、いろいろ困難を乗り越え、陰と陽という二つの剣を焼いた。彼は、陽の剣を「干将」という名をつけ、陰の剣を「莫邪」という、妻の名をつけた。干将は陰の剣「莫邪」を呉王に捧げ、陽の剣「干将」を隠した。しかし、そのことはばれて、闔閭はかんかん怒り、干将を斬った。闔閭が亡くなり、その子の夫差は即位した。夫差は、干将が剣を捧げる前に、息子に「雄の剣は、松の生えた石の上」と伝えたのを小耳にして、「松の生える石」を探して雄の剣を求めていた。いつの間にか、虞山の錦峰の頂まで探してきた。峰のあたりは、岸壁が切り立って、太い松は岩の上に密生しており、まさに「松の生える石」ではないか。夫差は錦峰に来たら、腰にかけてある莫邪剣がさやの中でブンブンと音を立てたのを聞いて、陰陽の二つの剣は呼び合っていると思い、「干将」は必ずやこのあたりにあると思った。しかし、数百人の部下が三日ほど探し回ってもらっても、雄剣の姿は見あたらなかった。夫差はぷんぷんと腹を立てて、神の力の込めた莫邪剣を抜き出して崖を斬った。そのとたん、稲妻が光り、雷が鳴って、錦峰の崖がまっぷたつに切り分けられた。後に、人々はそれを、「剣門」という名をつけた。